量子ビーム物質解析学

一億倍に拡大した空間で行うものづくりと機能の探求

物質材料の性質は,それを構成する原子の種類と空間配列によって決まる.あらゆる物質材料は強い力を受けると変形するが,それは原子の空間配列に関する特徴的な変化を伴う.モノの性質や変形の根源である原子の空間配列の解析は,ものづくりと機能の探求の根幹でもある.その解析のためには空間を一億倍に拡大し,原子の配列を見通すことが必要になる.いろいろな量子ビームをうまく使いこなすことで,このような拡大を原子の種類によらず,ほぼ正確に行うことができる.原子の配列の変化の瞬間を捉える超高速の動画を撮影したり,配列が強い力に対して応答する様子をつぶさに調べることも可能であり,拡大によってものづくりの現場を見通すことができるようになる.

本研究室では,結晶やガラスを題材とした原子スケールの研究課題から始まり,大きな部品の残留ひずみなどの巨視スケールの研究課題に終わる,量子ビームを拡大に使ったマルチスケールの工学の研究を行っている.特に高温,超高圧力,超高ひずみ等の特殊環境の生成の技術と先端量子ビームの技術を組み合わせて使うことで,原子配列の劇的な変化を捉え,そこから新しい物質材料をつくりだしている.この方法によって,人間に役立つ材料を得るための新たなものづくりの手順がわかる.この方法によって,人間には手の届かない宇宙,惑星,地球内部の物質をつくりだして理解し,そこにあるはずのものを予言することもできる.

教員

* メールアドレスの後ろに kyoto-u.ac.jp を補ってください。

奥地 拓生 ( Takuo OKUCHI )

奥地拓生教授(複合原子力科学研究所)

研究テーマ

宇宙や惑星にある物質である,鉱物,金属,氷の性質を,各種の量子ビームを使って解析しています.これらの物質ははるか遠方にあって,惑星探査でもやらないと手に取ることが難しそうですが,いろんな工夫をすれば,地上でもほぼ同じものがつくれます.つくった物質を手に取り,それが自然界において果たしてきた役割や機能を解析することで,人間が使うものづくりへの指針を得ることもできます.

連絡先

複合原子力科学研究所 第二研究棟 305号室
TEL: 072-451-2474
E-mail: okuchiアットマークrri.

有馬 寛(Hiroshi ARIMA

准教授(複合原子力科学研究所)
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研究テーマ

X線と中性子を用いて鉱物や非晶質材料中の微量元素の局所構造や原子配列を解析し,複雑な構造が物質特性に与える影響を原子レベルで明らかにしています.特に,高温・高圧・調湿といった特殊環境下での鉱物やガラスの構造変化を調べ,元素選択的な構造解析や短距離・中距離秩序の観察を通じて,極限環境における物質挙動の理解や未知の物性発現メカニズムの解明に取り組んでいます.

複合原子力科学研究所 第二研究棟 306号室
TEL: 072-451-2678
E-mail: arima.hiroshi.3rアットマーク

梅田 悠平( Yuhei UMEDA )

助教(複合原子力科学研究所)梅田

研究テーマ

衝突現象が惑星の進化や環境に与えた影響を考察するために,衝撃波による急速な圧縮で高温高圧になった鉱物や金属材料などの性質を研究しています.衝撃波の発生には,火薬銃や高強度レーザーを使用しています.火薬銃を用いた実験は大容量の試料を回収することが可能です.一方,レーザーを用いた実験は,衝撃圧縮されている物質のまさにその瞬間の状態や構造変化の様子を調べることが可能です.両手法の強みを活かしながら,衝撃圧縮中の惑星物質の振る舞いやそのダイナミクスを調べ,衝突のスケーリングや衝突誘起反応を考察することによって,衝突現象が惑星進化史に与えた影響を明らかにします.

連絡先

複合原子力科学研究所 第二研究棟 307-I号室
TEL: 072-451-2367
E-mail: umeda.yuhei.2eアットマーク

研究テーマ・開発紹介

宇宙と太陽系の物質と材料

宇宙には惑星系を持つ恒星がたくさん観測されており,そこでは小惑星や彗星などの衝突現象が普遍的に発生し,その繰り返しによって天体が成長してきました(1)45億年前にそのような過程を経て地球が誕生しました.その後も,宇宙から来た天体による衝突現象が環境変動や生物活動に大きな影響を与えてきました.これらの衝突現象を地上の実験室でつくりだし,その場で鉱物・セラミックスや金属が経験する構造の変遷を調べています.

地球をつくる物質の大部分は地下深くの手の届かないところに埋めこまれており,いわば未知の状態にあります.このような地下の高温高圧の条件を人工的につくりだす実験技術を使って,そこにある結晶をつくり,地球の成り立ちを調べています(2)

以上の研究によって,太陽系や地球の成り立ちの理解及び衝突現象が生み出す物質変化の理解が進みます.加えて,壊れにくく硬いセラミック材料や高温で動作するプロトン伝導体など,新たなものづくりの指針が得られます.

図1
図1 惑星誕生の場の様子

図2
図2 地球深部の結晶

非晶質の物質と材料

非晶質はガラスや液体に代表される,原子配列が乱れた構造を持った物質です.非晶質物質はその乱れた構造に起因した特異な材料特性を示します.例えばガラス材料は,近年,食器や構造材料のみならず,スマートフォンのカバーガラスや光ファイバーなど,我々の身の回りで広く使われている生活に欠かすことのできない材料となっています.

さらに優れた材料特性を示す新しい非晶質物質を効率的に開発していくためには,材料の特性を発現させ,コントロールしている「構造」を明らかにし,その構造に基づいた物質創製が重要となります.その一方で,長周期的に整った原子配列を持つ結晶とは異なり,原子配列が乱れている非晶質物質の構造を解析することには大きな困難が伴います.

本研究室では,最先端の量子ビーム実験で得られる回折・散乱データを理論計算,コンピュータシミュレーションと組み合わせることによって,非晶質物質の3次元原子配列を高い信頼性で構築し,乱れた原子配列からの,材料特性に重要な役割を担っている構造の抽出に取り組んでいます.

最も代表的な非晶質材料の一つであるシリカ(SiO2)ガラスの研究結果を図3に示します.回折データ(左図)に現れる特徴的なピークの起源となる構造を右図のマゼンタの領域として抽出しました.SiO2ガラスはSiO4四面体が連結して形成されるネットワーク構造によって構成されますが,水色で示したネットワーク構造が繰り返されることで形成される周期的な構造(赤矢印は約1ナノメートルの長さ)がガラスの中には存在することを見出しました.

我々は主に酸化物のガラス・液体を研究対象とし,ガラス形成能,熱物性,イオン伝導性,圧力応答性(主にガラスの高密度化のメカニズム)といった様々な材料特性に寄与する非晶質構造の解明(無秩序の中に潜む秩序の解明)に国内外の研究機関と共同で挑戦しています.

図3

図3 シリカ(SiO2)ガラスの中性子回折および放射光X線回折データ(左)と回折データを再現するように理論計算を援用したコンピュータシミュレーションで構築したSiO2ガラスの3次元原子配列(右) 

量子ビーム物質科学を拓く特殊環境技術

 

量子ビーム(X線・中性子)を用いた物質科学では,もの(鉱物や材料)が実際に機能する現実の環境(例えば地球内部の温度条件や燃料電池の動作環境など)を再現する特殊環境技術が不可欠です(図4).近年,福井県の「もんじゅ」サイトにて新試験研究炉(中性子ビーム炉)の計画が進められており,これからの量子ビーム実験ではこれまで困難だった極限環境での高度な解析が期待されています.

私たちは,高温・高圧・調湿などの特殊環境を作り出す試料環境機器の開発に取り組み,物質の未知の挙動を原子レベルで解明することを目指しています.具体的には,高温高圧中性子散乱セルや中性子調湿環境装置の開発によって超臨界水中での反応プロセスや水素拡散挙動の観察に成功しています.また,中性子と相補的なビームであるX線実験においても同様の特殊環境を整備することでより高度な解析が実現するよう,開発を進めています.

このような機器開発を通じて,誰も見たことがない現象を解き明かし,量子ビーム物質科学の最前線と現在計画中の新試験研究炉での先端研究を拓いていきます.

図4.png

4 特殊環境技術の具体例.