医療工学

本研究分野の目的は、実際に役立つ医工学治療法の開発です。医療における様々な問題の解決のためには医学と工学の密接な協力関係が望まれています。

しかし、医学における「安心」や工学における「設計」の概念はなかなかお互いに理解されにくい状況にあります。例えば、単純化された基礎実験は実験系としての信頼性は高くとも、臨床における複雑な情況を再現していなければ本当の安心を作り出すことはできません。

また、臨床経験に基づいて工作された医用製品ではその構造健全性を保証することはできません。臨床は多くの不確定要素を含んでいるにもかかわらず非常に高い信頼性を要求される現場です。"Clinically relevant" な研究を実践するためには医、工、生物学をはじめ様々な分野の研究者がそれぞれの分野での業績ばかりに固執せずに目的を一にして協力し合うことがまず大切だと考えています。

エンジニアをはじめ、医師、獣医師、薬剤師、生物学者、運動療法士など様々な分野の研究者がわいわいと集まって、けんけんがくがくと話し合いながら実験を進めています。

生体内力学設計に関わる基礎研究も精力的におこなっていますが、もともとは「何か役に立つ研究がしたい」と集まってきた仲間ですので、常に基礎研究の意味や目的も見失わないように話し合いながら研究を進めています。

教員

* メールアドレスの後ろに .kyoto-u.ac.jp を補ってください。

富田 直秀 ( Naohide TOMITA )

富田 直秀教授(工学研究科)

研究テーマ

材料設計学から生体材料工学に転身し、何を思ったか医師にもなってしまいました。現在は完全に臨床を離れて生体材料力学と再生医工学の研究・教育に専念しています。

生体内力学環境を設計する生体内環境設計概念を提唱し、その基礎実験、モデル化から実用に至る広範囲の研究をおこなっています。また、生体と医療における「信頼性」の問題に関しても興味を持ち、文化系理科系共通の立場からの考察をゼミナール形式ですすめています。

連絡先

桂キャンパス C3棟 b2S01室
及び、再生医科学研究所
TEL: 075-383-3639
E-mail: ntomitaアットマークmech

研究テーマ・開発紹介

生体内力学環境設計

生きた組織は常に自己を改変しながらその形態と機能とを維持しています。その機能は、逐次風が吹けば壁を築き雨が降れば屋根を上げる、といったように環境の変化に対してあたかも生体が目的を持っているかのように作られます。(このような考え方を目的論的、それに対して生体は目的意志を持たないとする科学的な態度を機械論的と呼ぶこともあります。最近では、オートポイエーシスと呼ばれる考え方や情報科学の発展によって、あたかも合目的的に見えてしまう生体の謎も科学の立場から整理されつつあります。)

このため、生体はその周囲の化学的、生物学的、そうして力学的な環境には非常に敏感です。生体内外の環境が生体にとって不適当であればどのように人工的に補助をしてやっても長期の機能を得ることはできませんが、逆に、適度な環境が保持されていれば自然の治癒過程に従って組織も比較的簡単に再生します。

研究室では従来の材料設計に加えて生体環境設計( bio-environments designing )を提唱して、その基礎研究から応用研究までを幅広くおこなっています。

環境設計のうち、物理的な生体内環境(physical environment)とは、例えば細胞の棲息する空間を保持する scaffold や力学的な機能を再生させるための力学刺激ですし、また、化学的環境( chemical environment )とは例えば drag delivery system などによって細胞増殖因子などが生体内に供給される事をさします。同じように、生物学的環境( biological environment )は例えば細胞や遺伝子が delivery することなども含まれます。研究室では特に物理的な環境設計を中心として、その基礎研究と臨床応用研究をおこなっています。


図-1  生体内での力学環境を変化させることによって、異なった機能を有する組織が形成されます。たとえば、骨髄を有する骨に持続的な運動を負荷することによって軟骨を新生させることができますが、その軟骨の形態と機能は加えた運動によって大きく変化します。

人工関節の高機能化

人工関節置換術はすでに臨床の中でも頻繁に用いられています。しかし、生体の中の環境に関してはわからないことだらけですので、人工関節がどれだけの期間の間正常に働くのかに関してはまだよくわかっていないのです。工学では構造健全性と言って、疲労や摩耗などの耐久性が検討、設計されますが、人工関節ではまだ設計手順さえ手探りの状態です。

本研究では特に人工関節に見られるデラミネーション破壊(図-2)に注目してそのメカニズムの解明、破壊を防ぐ材料の開発や人工膝関節のデザインをおこなっています。人工膝関節のデザインに関しては奈良県立医科大学の石村先生、高倉教授のご指導、ご助言をいただいております。

例:人工関節用ポリエチレンの疲労及び劣化に関する研究 (Fatigue and Wear Properties of UHMWPE Joint Component)

人工膝関節のポリエチレンの経年破壊が大きな問題となっています。特に膝関節ではポリエチレンに無理な力が加わるために比較的早期に破壊してしまうことがあります。本研究では臨床に見られる破壊を研究室的に再現して関節デザインと疲労破壊との関連を調べたり、高疲労耐性ポリエチレンの開発をおこなったりしています。これらの研究から、ビタミン E を含有させることによってポリエチレンの圧縮滑り環境下での疲労強度が劇的に改善される事実が判明し、実用化プロジェクトが開始されました。


図-2 取り出された人工膝関節に使われていたポリエチレン。デラミネーション破壊が生じている。

関節の再生

人工関節の登場によって、かつては寝たきりとなってしまったような病気の方でも日常生活を送ることができるようになりました。しかし、体の中に埋め込まれてしまう人工関節は非常に厳しい環境の中で機能を果たしますのでその寿命には限りがあります。一方、自分の細胞を使って関節を治す軟骨再生の技術が発達しつつありますが、現在の技術では人工関節治療の代わりになるほど機能の高い関節を再生させることはできません。私たちは人工関節の技術と軟骨再生の技術とを融合させた新しい発想で何とか人工関節の代わりとなり得る治療法と治療材料を開発しようとしています。

例:人工再生関節の開発 (Total Joint Regeneration System)

力学的機能を有する組織の再生には、まず力学的な生体内環境の設定が大切です。私たちは Total Joint Regeneration なる治療概念を提唱し、生体内力学環境を設定して関節構造を再生させるインプラントの開発をおこなっています。インプラントには創外型、人工関節型、及びマグネット型があります(図-3)。この治療法では患者さんを長くベットに拘束することなく、最終的には生きた関節の再生を得ることができます。軟骨再生に関しては信州大学の脇谷先生、器具の設計に関しては東邦大学の勝呂教授ほか多数の先生方のご指導、ご助言をいただいています。

例:軟骨再生用材料の開発 (Biomaterials for the Total Joint Regeneration System)

Total Joint Regeneration によって設定された力学環境内で関節構造、特に軟骨の再生を促す材料を開発しています。材料の開発にあたっては、農業技術研究所の玉田靖先生や企業研究者の方々の協力の上に成り立っています。これらの材料の設計によって細胞の増殖や性質を制御したり、生体内環境を設定したりします。


図-3 Total Joint Regeneration Systems(左から、創外型、インプラント型、マグネット型)